(タイトルなし)
はじまったばかりのその物語は、すでに完結した処から螺旋階段を鳥瞰し、下降してゆく様相。ミステリ仕立てとも謂い難く、飛び散った血痕の飛沫を丹念に辿ってゆく指先と虫眼鏡に、事のなりゆきの終結など求むる気配もなし。
符牒 の これすぽんだんす
死んだ言語の古文書の深海から一体何を釣上げようといふ。…解っていますともベルジュレ先生。
あなたが仰りたい事くらい 解っていますとも。わたくし如き者がこのようなことを申し上げれば、きまってご機嫌を損ねることも。
何年も開かれずにあったアナトール・フランスの短編
『ピュトア』などを取り出してみましょう。
全くの的外れだ との嘲笑を覚悟で。
「 ー想像上の実在以外のものが他にあるかね?と先生は声を上げた。そして、神話に出て来る架空の人物は人間に対して働きかけることか出来ないものだろうかね?グーパン君、神話のことを考えて見給え。人間の魂に最も深い最も恒久的な活動を及ぼすものは決して実在してゐるものではなくて、総て想像上のものであることに君は気づくだらうと思ふ。
このピュトアの実在性以上のものさへ持たぬものが、常に到る処、民衆に対して、愛憎の念や、畏れと希望を抱かせ、罪を唆り、供物を受け、風習と掟とを作ったのである。グーパン君、千古不滅の神話のことを考えて見給へ。
なる程、ピュトアは最も朦朧とした神話的架空の人物だ。そして最も低級な種類のものだ。
ピュトアは可哀想にも芸術家や詩人からは見向きもされないだらう。彼には、偉大さと珍奇さと、体裁と性格とが欠けてゐる。読み書きは知ってゐるが、寓話の種を蒔くあの美しい想像力を少しも具えてゐない人々の間に彼は生まれ出たのだった。
ピュトアは存在してゐた。在ると云ふことは少しも実体を含んではをらぬことで、単に属性と主体とを結びつけることのみを意味する、即ち一つの関係を表してゐるのみである。 」
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