(タイトルなし)
「 血 唇 」
その男は
師走の肌寒い雨の夜 東京郊外の病院にて
独り 野垂れ死ぬように息を引きとった
老獪作家の葬儀を引き受けた男
黒眼鏡 吊りズボン パナマ帽 という定番のいでたちで
今夜も
擦過傷の血の滲んだ言葉達を起立させる
ギックリ腰は治りましたね
不埒な笑み は
かつての青年の歪められた硝子の意識の砦
超克の輩との 緊縛の情憐 を 隠し持つ
砂を噛み いきどおる 苦々しい唾
墓碑銘となった言葉の葬列の雪崩れは
King Crimson の フレーズと重複し
私はひしゃげた笑みを浮かべながら
居心地の悪いはにかみに奥歯がみする
35周年 追悼絶叫コンサート は 満員の人いきれ
力石 徹 は 誰 に 殺された
男のやさぐれた低音 と
無邪気な子ども いとけなき少年の 交雑する諧調が
繰り返し 紫煙に霧消する時折
私は 強靭な翼で飛翔する 言の葉の確かな翳を見た
( 居心地の悪い 舌足らず の カッコよさだ )
もはや 自虐的諧謔は 彼方に追いやられ
薄皮を剥がされた 言の葉の質量 は
赤面の想いとともに
実は 既に
君の
左手の 掌に
握り締められていた 石
或いは 決して振り向りむいてはならない後ろ姿に翻る
トレンチコオト の
纏わり附く 裳裾
童顔にニヒリズムを湛えた見覚えのある眼差しで
差し出された一冊の本を享ける折しも
なにか 思い切り悪く立ち上がる 私 がいた。