靑 琴
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ギュスターヴ・モロー『オルフェウスの首を運ぶトラキアの娘』
いちまいの ゆふすげ原を しずめゐる 神
そのくらき憩いを われに 岸田典子歌集 『青 琴』 より
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靑 琴 醉 眼 涙 泓 泓
李賀 「 秦王飲酒 」より
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ふと 李賀歌詩編 を捲りながら手を留めた 青琴 の文字に
忘れかけていた岸田典子さんの歌集表題でもあったなぁ~と想い出して頁を開けば
歌集の巻頭にある表題無しの引用はまさに李賀「秦王飲酒」からの引用であったとは、、と本日知ることとなりました。
この時期の紫陽花のうつくしさを愛でる歌は岸田歌集にも見られ
森より駆けて来た火照りを紫陽花に沈めたのは、寺山修司でしたが
ヴィスコンティ『ベネチア客死』にもトーマス・マンの原作には無い紫陽花があまた居並び 水 と 腐乱 と 美醜 その混交の象徴のような花だとつくづく想う雨であります。
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先日、ルーシーリー展を観た折 2Fのオルセー展へ上がってゆく人がダンゼン多いと思っていたら
どうやら最近は、かつての 「後期印象派」 を 「ポスト印象派」 と言うようで
またそれとはカテゴライズできない 象徴派 の
ギュスターヴ・モロー『オルフェウスの首を運ぶトラキアの娘』画像が2Fに来てるというじゃありませんか!
時代で括るならそう言っていただけれはありがたいものを、面倒な言い回しをするから非常に分かりにくいですねぇ(怒)
80年代からこちらの来日モロー展は、そうなめにしたつもりの私ですが、このトラキアは、これまでに確か来てなかった、、と
パリのモロー美術館通いをした友人も、これは所蔵が違うから観そびれているはずで(笑)
あやうく見逃すところでした。会期は8月まで 忘れず、じっくり見たいものです。
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およそ予定のない日曜日は
朝食の支度後に TV趣味の園芸~日曜美術館 と始まるのですが
先日は、息子のイヴェント:ブラスバンドフェスティバルのために5:30起床で見送って
9時を過ぎたところで、ママ友たちから次々とメールが入り、ばたばた仕度,割り当てチケットを手に、私も会場へ向かいました。
都大会コンクールは夏休み8月のお盆前に朝から晩まで一週間近くかけて開催されるのですが、この演奏会はプレゼンのお祭りの如く、コンクール前の予行練習の趣きです。
各校、持ち時間は15分程度の2曲編成で、コンクールと違いピリピリした緊張感も無く、音楽を愉しみ、披露いたしますよ という雰囲気で
聴衆も各校の演奏をゆったり聴くことができて、私はこちらの方が好みです。
前後数校の演奏を聴きましたが、桑田さんの息子さんが野球部にいらっしゃるO美林は、2曲目がピンクレディメドレーで、まるで野球応援のアルプススタンドのようでした。
W高等学院では、若い指揮者の先生ともに音楽をほんとうに愉しんでいる様子が伺われ
男子校特有の勢いとパワー溢れるフォルテッシモの 高昌帥<吹奏楽のための風景詩「陽が昇るとき」>は感動ものでした。
毎回、都大会全国大会で金賞獲得の演奏を聴いて思うのは、選曲や指導者の力によるもの大であるということ
生徒は毎年入れ替わるわけなのに、金賞校は、なぜかいつもほぼ同じ
最終組招待校は、息子の談 「飛びぬけて実力が違う」 とのことで
素晴らしい指導者に出逢い恵まれるということも 時の運 か 人生の分れ目 か ということなのですね。
学業疎かにして 生の時間の大半を部活やバンド活動に勤しむ息子を見ていて
ほんとうに好きなこと に進ませてやりたい親ごころはあるものの
ご飯を食べてゆくということは生半可なことではなく、、、複雑な心境のこのごろであります。