舟 歌
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Barcarolle Op. 60 Krystian Zimerman
今年はショパン生誕200年
ピアノにはご縁のない方でも街中に溢れるさまざまなショパンメロディは
はたまた たくさんのビートルズ楽曲のアレンジにも似て
受け入れ易く 耳馴染みよい旋律が多くある所以 と、思います。
殊に ピアノ弾きにとってはレッスンの過程で誰もが必ずや通る楽曲の数々があり
好き嫌いなどとは言ってはいられない通過儀礼でもあることでしょう。
運良く、私は才能の無さがすぐり、避けて通ることができましたが
家の中には、つかえつかえまったりと練習する母や姉の舟歌やプレリュードやエチュードが聞こえていたので
時折、騒音に近いそれらの曲が否が応でも耳に入ってしまいました。
後に、LPレコードで聴くポリーニらの演奏が、うつくしいさざなみや綺羅星の如くに聴こえたのは
私の耳がまんざらでもない証拠でしょう、、、
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今年の丸の内 ラ・フォル・ジュルネは
Aホール売れ残り2階まん中のS席が取れたのでボリス・ベレゾフスキーのリストを聴いてきました。
この場所は、残念ながらクラシック演奏向きではありませんが、、
彼が不思議なおじさまなのは分かりました。
ショパンよりは、リストの方がこの方に向いていることでしょう。
上記の方の印象があまりにも的を射た感じなので引用しましたが
上体をほとんど動かさない シレっ とした弾き方は、手先だけ 別人格 が付いているのでは?と思わせます。
超絶技巧な旋律も シレっ と太い指先だけが軽やかに動いて感情移入をほとんど見せない、、、
真摯に小難しく悲壮な顔をして弾く、わがままで神経質な青白い顔の男性ピアニストがあまた居る中で
初めて見るタイプです、、、、
計算ずく?? 天然??
ロマン派などより、バッハやドビッシーなどを 是非 シレっ と弾いていただきたいものですが
不思議な感慨を覚えて奇妙に感じ、サインを頂くことにしました。
愛想よく、右手でもほいほいと握手に応じて、手は異様に とても大きく 指も太~い!
翌日の、NHKBS「ショパン10時間番組」には、ピアコン1番でご出演でしたので観ましたが、リスト演奏よりはちょっとだけ気持ちが入っていた感はあるものの、ほぼ同じ態勢で、演奏直後のインタビューにもにこやかに応対し、体力ありユーモアあり、にこにこと人の良さそうな受け答えです。
演奏の解釈の質問の折には、TV放映はされなかった直前のポゴレリッチ演奏(このところ、ひどくゆっくりテンポの演奏で物議をかもしている)に対するコメントにも聞こえる発言はしていましたが、およそ一般的な見解で、演奏者としてのオーケストラとの共存や協調性を話されていました。
番組後半には、総括的に 小山実稚恵さんがショパンの特殊性について話されていましたが
まったくその通り と、頷ける正当な客観的なお話で納得できました。
激しい歴史の混乱期中に翻弄された若い感性が、亡命後に落ち着いたものの
病弱な体質や神経症的性癖によって 39歳で閉じる生涯に残された曲は、ほとんどピアノ曲である特殊性
少人数、サロン向けの音楽であり、非常に若い感受性に満ち満ちているものだ ということでした。
今年は、ショパンコンクールの審査員も務められる、円熟期に入った小山さんのお優しい含蓄あるコメントは
演奏者&研究者としての側面も感じられ、既に、若くはない熟年の演奏者が越し方行く末を眺めているようでもありました。
小山さんと同世代の私にとってのショパンも、やはり若い学生時代に熱心に聴いた憧憬の旋律に違いなく
大人になりきれない若い時間の中での、折々の個人的な体験のひとつひとつが彷彿とさせられるものです。
それらは まさしく 記憶の時間 に違いない、、。
私は もう既に ショパンから遠く離れてしまった生の時間を過ごした感がありますが
ベレゾフスキーさんの口から 一番好きな曲は 「バルカロール」 と聴いて
嗚呼 この人も、、、と、 再び大好きだった、たゆとうような旋律の舟歌が聴きたくなりました。
上YouTubeは、ツィメルマン演奏のものです。
私の記憶の中の旋律は、たぶんポリーニによるやや違った演奏でした。