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もえぎの日録

関心空間(2016.10.31閉鎖)から移行 日記とキーワードが混在しています 移ろう日々のことなどを記します

双 清

双清 とは 梅・水仙 を画題としたもの

(先日の天声人語より)

越前・鋸南・爪木崎の水仙の便りを聞き、暮れに買い忘れた水仙を想い、急ぎ花屋へ赴くと スイトピー・チューリップ・ヒヤシンス・ラナンキュラスアネモネ・菜の花など、春の花がとりどりに店先に居並んでおります。

   枝もの は、 すでに 寒櫻

     *    *    *

一昨年の暮れに逝かれた 卒論の担当教授でもあったM教授は

茂吉の著名な研究家で、晩年は茂吉記念館の館長も務められましたが

こつこつと地道に研究を重ねられた温厚な方で

M教授を訪ねた塚本邦雄が来校の折に特別講義をしたこともありました。

当時、私はM先生の著作も読まず、塚本の特別講義で及第点を頂いたことに浮かれる若輩者

年末期限のレポートが提出できずにいた折、言い訳の賀状の手紙に添えて

年明けには必ず提出する旨と、新春の歌など披露していただければ幸い などと不遜なお願いまで書き添え、明けて早々に学校近隣の花屋で手頃な水仙の花束とレポートを研究室に届けました。

M先生は、約束通りに授業中に新春の歌を詠まれ、それ以来、私を 水仙の人 と呼んでくださり、私は無事に単位を落とすこともなく過ぎました。

このような二十歳頃のささやかな想い出とともに 

冬を馨る水仙の花はあり続け

暮れから新年 立春までのこの季節に欠かせない想い出の花となりました。

    *    *    *

昨年は、夏以降 慌しい日常に翻弄され 

花鳥風月・雪月花 とも しばし遠のいてしまったようなこころもちに陥りました。老人医療の現場を垣間見、3ヶ月毎に転院先を案ずる家族の方の話を聞いたり、病人の環境をとりまく多くの人たちとの交流に励まされて年を越しました。

事はなるようにしかならない  いつしか身についた楽天的処世術に身を置けば、なんなりと慣れ落ち着き、何よりも義母が、明けて車椅子生活から自立歩行・排泄も可能となる驚くべき回復力で、先日ようやく本人の希望通り自宅に退院することができました。

生活を変えることも無く済んだのがなによりの幸いかもしれません。

当初から、かなり遅れて先日提出した介護認定申請は

驚くべき回復により、あまりお世話にならずに済んでしまいそうですが

この機に、今後の義母の生活の仕方を具体的にソーシャルワーカーさんとお話できたことは収穫でした。

病院の食堂で知り合った同室のご家族の方や、同室の優しいおばあさまの励まし、認知症により「私は18歳」と言い続ける白髪の86歳のおばあさまには、泣き笑いの素直な明るさを頂きました。まざまな病状を支える家族を支援する社会のしくみやその利用方法も、少しだけ知ることができました。

あまり気負わず ひとりで頑張らず

そこそこに助けを求め 協力して

新年は このようなこころもちで迎えました。

まだまだ 山あり谷ありは これから(笑)

    *    *    *

松もあけましたが

本年も よろしくお願いいたします。

双 清の画像

双 清の画像

双 清の画像