もえぎの日録

関心空間(2016.10.31閉鎖)から移行 日記とキーワードが混在しています 移ろう日々のことなどを記します

朧 夜

とうに絶滅したと想われた珍しいイキモノ

(ガングロ白ヌキ目玉のお姉さん)を

息子の学園祭の来場者に2・3見かけたのは一週間ほど前のまぼろし

猿も出るという渋谷の街中

ヤマンバはもうここには棲めなくなったか

休日の人の波を押し分けて東急本店方面に急ぐと

09裏手に大型家電量販店がギンギンぎらぎらにぎにぎしい

Bunkamuraを右に曲がり松濤のお屋敷街に入ると

ぱったりと人が消えて静寂に

この超高級住宅街にはポリBOXもちらほら見える

   好機を得て 観世能楽堂

國學院大學の能研に居た職場の友人から、これまでも度々誘われてはいたものの、お能鑑賞は、十?年ぶり

宝生能楽堂で観た時の、野村万作さんの狂言だけは微かな記憶にある程度、、

学生末席でわけ分からずのあの頃から比べると

今回は、予習のおかげでストーリー展開は十分理解できた。

しかし、1時間以上に及ぶ長帳場の檜舞台に

シテ・ワキ・子方・地謡・囃子 と 20人近くの熟練男性

演じる方はさぞや大変なことだろうと、遠く消え入らんばかりの笛の音と鼓の余韻にぼんやりと異郷送り。

その昔、藤原克己氏の愉しい講義で、さんざん『葵上』六条御息所の話を聞かされ笑ったことを想い出し、怨念の集大成でもあるこの話も機会あらば観てみたいと思う。

続く演目、『巴』『弱法師』を観て会場を後にする。

チィプリさん この度は、お誘い誠にありがとうございました。

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帰途 Bunkamura で ミレー展

夕方にもかかわらずなかなかの人出

う~む 『オフィーリア』は既に私の中では評価が定まってしまった絵であると同時に

ジョン・エバレット・ミレーという人物にはあまり興味が湧かない。

キーワードに作品『オフィーリア』のみを取り上げたのは間違いではなかった。

ラスキンから奪った妻エフィーとの結婚後

このお嬢様妻との生活の為に、ミレーは大画面におつゆ描きのお金になる絵を描きまくった、などという文章を雑誌「芸術新潮」で読んでしまったし、8人の可愛い子どもたちの為に素晴らしい技術を持つお父さんミレーは頑張って地位と名誉を得た、、、、めでたしめでたし。

ファンシーピクチャーというカテゴリ(以下引用) 

 英国絵画にはファンシー・ピクチャーと呼ばれる分野がある。子供に愛くるしい衣装を着せ、愛くるしいポーズで捉えたスウィートで可愛らしい作品群である。ファンシー・ピクチャーは18世紀後半に流行ったが、19世紀後半のヴィクトリア朝でその伝統を復活させたのがミレイであり、《オフィーリア》を描いたラファエル前派の画家はこの分野の第一人者でもあり、上流階級の肖像画と並んで、円熟期のミレイに大きな名声をもたらした。

キャロルのアリスブームも同時代だという

ミレー画の愛くるしい幼女やうつくしい少女の表情やまなざしには、確かに万人のこころを射るものが感じられる。が、後の作品には『オフィーリア』に現れるような女性の陰の感情は、微かに見え隠れする程度で本題から控えられ、品よく隠され納まってしまったように感じられた。

同様に愛くるしいまなざしの少女や、妹ばかりを病的に描き続けたベルギー象徴派のF・クノップフの女性像への固執とは全く質が違うので、面白い。

画像は、ラファエル前派に属する バーン・ジョーンズ作 『宵の明星』

朧 夜の画像